夕暮れ読書メモ

本の感想が多めです

なぜ恐怖を求めてしまうのか?_『「怖い」が、好き!』

「怖い」が、好き! (よりみちパン!セ)

「怖い」が、好き! (よりみちパン!セ)

「怖い」は本来回避すべきものなのに、なぜ自分から摂取してしまうのか。
ホラー映画を指の隙間から見るような、耳を塞ぎながら見るようなあの感じ。
怖いくせに、覗いてしまうのはなぜなんだろう。
「怖い」が好き!とまで振り切れていないが、それに近い気持ちは持っているので題名に惹かれた。

実際に怖い目に遭うのはゴメンだけれど、幽霊や妖怪の出てくるような怖い話は大好きです。

↑これは完全に同意。

この本はヤングアダルト(思春期くらい?)向けの本なので、全ての漢字にふりがなか振ってある。簡潔な文章で読者に語りかけるように書いてあるおかげで、サクサク読める。
ちなみに、感情についての小難しい哲学や心理学などが語られるわけではないし、ホラーエッセイでもない。加門さんと一緒にみんなで「怖い」に惹かれる気持ちを考えてみよう!という本だ。

装丁

表紙の雰囲気が良い!
真っ暗闇に赤い絨毯、そして大きな青文字の不気味さ。かすれたようなザラッとしたタッチ。後ろの闇になんか紛れてそう…笑
枕を抱きしめた、不安で眠れない女の子が幼い頃の自分と重なる。
こういう表紙って大人になってから良いなと思えるようになったなー。

中身の装丁はというと、不思議で可愛いパラパラ漫画や、日常風景なのにどこか不気味な章初めの見開きの絵。その次のページの片面いっぱいの格子模様。この格子模様は章を追うごとに黒い部分が増していく凝りよう。
かなり気合入っていて、手元に置いておきたくなる1冊。表紙が怖いけど。

感想

恐怖にもいろいろな種類がある。命や家族やお金などを失う怖さ、人間に殺されたり裏切られる怖さ、優しい人が意地悪になる瞬間やその逆もある意味怖い。そして、ないはずのものがある怖さ
この本では、主にお化け・幽霊など見えないものに対する「怖い」が語られている。
こういう話になると、お化けは「いる・いない」の議論がまずされがちだが、それは置いておいて「お化けはなぜ怖いと考えられているのか?」、という至極当たり前の疑問について探っていく。
ただ、加門さんは見える人なので、見えない人とは視点が異なっていることは否めない。お化けという存在への肯定感に違和感を抱く人もいると思うが、本題はそこではなく「怖い」という感情なので支障はないだろう。

1章の「境目」の話が面白かった。
ふすまのちょっとした隙間、畳の縁や敷居、季節の変わり目、朝方や夕方の曖昧な時間帯、川や橋…などの曖昧で誰のものか白黒つけかねる空間。
昔から様々な境目に恐怖し、そんな「裂け目の世界」に対して安全対策をとったり避けたりしてきた。
私もほんの少し開いた部屋のドアは気持ち悪くて閉めたくなるし、敷居は踏むなと注意されたし、夕方には切なさや不気味さをふと感じる瞬間もある。
うーん、意外と現代でも理解できる感覚かもしれない。
どうあがいても境目はなくならないのだから、楽しんでしまおうというのは好きな考えだ。

2章では、お化けに対峙する心構えの応用範囲がこんなに広いのかと驚いた。
お化けは、人間からみれば理不尽でままならないもの。出会った時の有効な対処法も謎。分からないのだから、立ち向かわず無視が1番。
人間の物差しでは理解できないし、理屈が通じないものは「そういうものだ」と放置し距離感を大事にする。
辞書によると「ままならない」とは、思い通りにならない。自由にならない。という意味だそうだ。
ままならないお化けが怖いのは、その背後に死の欠片が見えるから。死こそ、必ず訪れるし思い通りにはならないものの代表だろう。

その後も、カカトアルキ(虫の名前)や「名付け」などの例を通して、怖いものと上手く付き合う秘訣などが語られる。
名付けの話を読んで、「レッテル張り」をして勝手に安心する心理を思い出した。

おわりに

まず読んでいて、加門さんのお化け愛がひしひしと伝わってくると同時に、民俗の知識と理解に感心させられた。
題名の『「怖い」が、好き!』は、『怖いけどお化けが、好き!』と言い換えても良いかもしれない。
結局、なぜ私はお化けや幽霊話などの「怖い」が好きなのかは、最後までよくわからなかった。

加門さんは、その問いに自分の答えを出している。お化けに懐かしさと愛おしさを感じるからだ。
お化けと人間は何百年も付かず離れず付き合ってきて、その営みや歴史などがお化けには詰まっている。
そして、解き明かせないからこそ、いい。

この本は議論を突き詰めるというより、例が豊富で自由に色んな方向に話が飛ぶので、一見とりとめのない印象だ。
しかし、後ろに「お化けと向き合うことによって見える生き方」という筋が一本通っている。
世界や人間との関わり方に学ぶところがあり、話一つ一つがかなり面白いので民俗や怖い話が好きな人にはおすすめ。